Since 2007/03/08
先日「赤旗」を見ていて一枚の写真に魅(ひ)かれました。三重苦の奇跡の人とよばれたヘレン・ケラーとサリバン先生の写真でした。
ヘレン・ケラー自伝を読んでみると、ほとばしる井戸の水ではじめて物には名前があると知った日のことをこう書いてあります。
「わたしをじっとおさえていた、あの目に見えない力がとり除かれ、暗いわたしの心の中に光がさしてくるのがわかりました。 ・・・ その晩、わたしはベッドに入ってからも、きょうはじめて知った喜びを、一つ、一つ、もう一度思いおこしていました。この世に自分程しあわせなこどもはいないにちがいないと思いました。そして明日が待ち遠しくなりました。」
人間というのは一体どれ程可能性を秘めているのでしょう。
太陽に向かって伸びる若芽を、親たちや社会の都合で摘みとっている現状に自問自答しつつ、改めて120年前の写真を見直してみました。
柔らかな日差しの中で、8歳のヘレン・ケラーの横顔は、穏やかでしあわせにみちていました。
この愛と教育が、どこに生まれた子どもにもふりそそぐ、そんな「奇跡」をどの子も願っているに違いありません。
「清田区新聞」08年03月16日付より